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2010年4月24日 (土)

昭和30年代の市営団地

今回は、団地を見てみたいと思います。

市営大島住宅です。

Dscf7216_2 

現在、建て替え計画の基本計画年度となっているようですので、

来年か遅くても2年後くらいにはこの姿が消滅する予定なのですね。。。

賃貸住宅と低層店舗の一部は分譲となっているようです。

数年前暴力団が店舗を占拠したとかで訴訟がおきたりしていましたが、

建て替え計画が進むということは解決したのでしょう。

大きな交差点にありながら、4階建てとはいっても階高が低く、交差点には歩道橋もあるため、案外目立ちません。もちろんエレベータはありません。

高架水槽のやぐらが時代を感じさせます。

(ちなみに現在は、この規模であれば直結給水可能です。)

ちなみに、終戦までは同地に捕虜収容所があったようです。

Dscf7219

全7棟で鉄筋コンクリート造の市営団地としては先駆的存在で、大島耐火住宅と呼ばれています。

低層部は、店舗用には倉庫が備えられています。

Dscf7223

またその間の部分は、それぞれ増築してしまったり、、、手を入れられています。。。

Dscf7222

ダストシュートなどもあります。同潤会からの流れとでもいいましょうか。

Dscf7217

サッシは、スチールサッシが採用されています。

Dscf7225

まだ居住されている住戸は多くありそうですが、古い市営はどうしても高齢単身者、

年金生活者が多い状況といえます。

共用部の手入れはあまり良い状況ではなく、むしろ廃材などを集めているであろう自転車などが留まっていたりと、暮らしの大変さも垣間見られます。

安全性などからの建て替えは、否定はしませんが、、、

これからの市営住宅のあり方を考えたとき、その入居条件などの仕組みも合わせて改善が必要ではないかと思います。

決して追い出しにならず、住み続けられる対策と、

新しい多世代とが長期の暮らしに耐えるプランを検討し、

50年程度での建て替えでなく、やはり100年を刻める建築となってほしいものです。

そういう意味で先駆的であってほしいと思います。

あるいは、私などは、これからの人口減を想定した場合、

減築による耐震性の向上を含む大規模改修で、活用していくという考え方も、

公的住宅の維持手法としては、維持費減少にもつながっていくし、ありではないかな?

などと思ったりしてしまいます。

建て替えるとなると、計画側は、収益などを組み込もうとし、どうしても高密度に検討しがちですが、実はもうそんな右肩上がりの計算が成り立つこの先100年ではないと思ってしまうんですよね。小さくても確実に活用できる手法が必要だと。。。

住む権利が今まで以上に重要な時代になると感じていることもあります。

by S.小野

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川崎区内 愛すべき街かど」カテゴリの記事

コメント

以前からその存在が気になっていた「市営大島住宅」について何気なく調べていたら、このHPにたどり着きました。
なぜ、今、市営大島住宅について調べていたかというと、ついに取り壊し作業が始まったようなのです。こちらのHPでいろいろな情報を見ることができてよかったです。長い歴史のあった住宅もやっと役目を終えたように思えます。

KUNIさま、コメントありがとうございます。
そうでしたか、解体が始まりましたか…。
一体どんな計画になっているのやらですが。。。
この敷地の隣接地(ほぼ)一体は、同潤会の分譲地だったのはご存知ですか?
たった1棟、当時の面影のある住宅が残っていた記事をこのブログでも書きましたが、そちらも気になります。
今度チェックしに行こうと思います。

実は私は建築に関して全くの素人でして
同潤会についても「?」でした。
早速wikiで調べて勉強しました。
大島4丁目に残る1棟は多分、まだ残っていると
思います。onoさんがおっしゃるような貴重な
建物だとは全く気づきませんでした。今度近くを
通るときはじっくり眺めてみようと思います。

KUNIさま、お返事ありがとうございます。
建築士は、建築オタクの一面もあったりするわけでして…^^;。
同潤会は、鉄筋コンクリート造の共同住宅が先駆的とされ一般的に知られているのですが、それらは、昨年の東京台東区の上野下アパートの解体によって全てなくなってしまいました。(一部表参道に保存されてはいますが)それに比べ、戦後払い下げになって個人所有化された木造による同潤会の住宅は、数こそ少ないのですが、各地にひっそりと残っております。RC造よりも長く生きている震災復興木造住宅を観て歩くのはとっても感慨深く、オタクの醍醐味です。地域で保存活動があってもいいくらいなのですが…消滅の一途ですね。東日本の震災復興を願う今こそ、スポットを当ててほしいと思っています。まちづくりの理念が詰まっていて、現代でも十分通用するのです。

子供の頃 この団地に住んでました。大島団地の情報が知りたくて
検索したところ、こちらのページにたどりつきました。とても懐かしく、うれしかったのと同時に取り壊しの件を知りとても寂しい気持ちにもなりました。どうやら今は更地になってしまったようで、壊される前にもう1度見てみたいという願いは叶いませんでしたが、このように大島団地を取り上げてくださって拝見させてもらえてとても、ありがたかったです。

ゆうこさま
たどりついてくださりありがとうございます。
暮らしの記憶、原風景、大事にしたいものですね。
それゆえに、計画する側は、長期的な視野を持って取り組む責任がありますね。
地域の大切なものを引き継いでいくことが、その場所特有の地域性や文化につながっていくことだと思います。
懐かしい場所が手をかけて大切に維持されていることに心が動かされます。
川崎にもそんな場所が残されていけると良いなと思っています。

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