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2016年1月27日 (水)

武蔵新田近くの同潤会千鳥住宅の痕跡さがし散歩

先週、現場検査後に、ちょっと寄り道をして散歩してきました。
関東大震災後復興に取り組んだ同潤会が、昭和初期まで慶応大学のグラウンドがあり、移転した後のこの地に、昭和13~14年、107戸の職工向け分譲住宅として開発したエリアがあります。

Photo

職工向けは、住宅規模としては20坪に満たない比較的小さな規模で、同潤会としては後期にあたる住宅建設です。(川崎ですと大島4丁目のバス通りの多摩川寄りのエリアと同様です。)
川崎の同開発エリアは痕跡は見受けられませんでしたが、こちらはどうかな~と散策してきました。
まずは導入部となる環八通り付近。
Img_5903
ここはそのエリアではないと思いますが、看板建築のようなファサードで戦前建築を思わせます。
トタンで覆うというのも、ペストなどの感染病対策に有用とされ、多用されていたもので、時代を感じさせます。
では、いよいよ同潤会千鳥住宅地へ。
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小さな宅地が整然と区画割されている中、緑地帯を持った変則街区もありました。
ほとんどが2つか3つの区画を一緒にした形で建て替えられています。
Img_5916
北側高さ制限が厳しく、1階を少し地中に沈めて建て替えているものも多くありました。
そんな中、表から見るとわかりにくいですが、
奥を良く見ると、杉の下見板張り縦桟押え、木製建具が仕込まれた外壁がちらほらと。。。
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屋根瓦、軒木部表し、妻壁漆喰、外壁杉下見板…。
おそらく当時の痕跡ではないかと思いました。
空襲を逃れ、こうして大切に手を加えながら住まわれている様子をみると、
なぜか、うれしさがこみあげてきます。
あまりスポットが当たらない同潤会の戸建開発地の今。
痕跡さがしの散策はやめられませんね。
S.Ono

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