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 川崎区内 愛すべき街かど

川崎区内の建築、風景採取

2012年4月 7日 (土)

茅葺きの民家がまた一つ姿を消していました。

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先日、たまたま自転車で寄り道ついでに周遊していましたら、びっくり。

茅葺きの民家-その2で紹介していた、おうちが建替えられてしまっていました。

しかも、よりによってメーカー住宅で…、あまりのショックで鳥肌が立ちました。

嘉永4年(1851)築でしたから、161年もの歴史ある建物があっけなく、

今どきのサイディングの建物に変わっていました。

かろうじて、隣接の蔵は残されていました。

Dscf5889

Dscf5890

残念ですが、傍観することしかできないですね。

新しい住まいが、新たに100年を超える歴史を刻むことができるよう

お祈りするしかないですね。

しかし、メーカーの型式工法では、もう在来技術では関われない…。

メーカーの囲い込みの中で維持管理されていくことになるのですね。

いやー、とても残念です。

解体前に、詳細記録・実測あるいは移築を視野にした資材保存など

行われたのでしょうか、とても気になります。

実測させていただきたかった。。。

古民家の仕様を生かした、長期優良型への改修の道など

いろいろな検討ができたような気もします。

街の持つ歴史や文化、風土からくる地域性、そして家族、

これらを形にしながら暮らしを築くこと。

住まいづくりの重みを改めて感じました。

by S.小野

2011年11月 2日 (水)

もしかして、同潤会現存のひとつか

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このところ、時間をみては、横浜の関東大震災後や戦後の復興について、

ひたすら検索して調べていました。

大正13年の防火築建築補助規則の施行とともに、

建築の不燃・耐火化が復興に欠かせないものとされ、

佐野利器(辰野金吾の教え子)らによる「復興建築助成株式会社」の動きで、

耐火の「共同建築」が次々と生まれます。

同潤会も初期は、「不良住宅地区」の改良事業として、当時スラム化が進んでいた

南太田などへの住宅供給と、ソフト面でも職業や生活改善の仕組みづくりなどに

力点が置かれていたことなどをはじめて知りました。

などと、いろいろな研究者の文献などを見ますと、

さりげなく、

同潤会のリストに「昭和11年に川崎区大島で分譲住宅24戸」と出てくるのです。

同潤会が同じ時期つくってきた、分譲住宅のプランや特徴については、

赤羽などの例が紹介されているのですが、川崎の情報が少ない…。

そこで、いくつかの研究文献と地図を見ながら私なりに推測したのが、

こちらの住宅、

Dscf3023

昭和11年の同潤会が24戸分譲したうちの唯一現存する一軒ではないかと

の想いに到達しました。

今年の夏、たまたま通りがかって、佇まいがいいなーと思って記録していました。

推測の根拠は、文献にある旧住所に近く、屋根の妻側のデザインが、

この頃の同潤会の戸建てデザインとして紹介されているものにそっくりだからです。

また、2003年に発表されている内田青蔵先生の遺構調査の中にも、24戸中1戸現存。

とありましたので、、、。

なんだか、宝探しから、宝を探し当てたような気分です。

しかしながら、今は空き家となっていました。だいぶ放置されている印象です。

取り壊される日も近そうです。とても残念ですね。

屋根のプロポーションが瓦屋根なのですが、とても軽快に見えます。

外壁の杉の下見板張りと妻側のハーフチェンバーのコントラストも

古いけれども洗練されていてすっきり見えるんですよね。

塀が生垣に変わって、手入れしていけたらまだまだなんだと思うのですが。。。

まちの歴史って興味尽きないですね。

by S.小野

2011年10月23日 (日)

車寄せのあるビル

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立派な建築であるのに、最近まで気がつかなかった…。

写真は昨年撮ったものです。立ち入り禁止の柵が立ててあるので

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もう使われていないのかもしれませんが、どうもそうでもないようです。

気がつきにくかったのも、コストコの裏手の塩浜の準工業地域なのもありますね。

最初、周囲にないボリュームでしかも立派。

病院かな?でもこんな場所に病院あったかな?

地図等で調べてみると、川崎大師平間寺の旧教学研究所という昭和47年頃築の

建築のようです。

現在の教学研究所は、別の場所(お大師様の近くに)につくられていますので、

実質的には使われてはいないということなのでしょう。

車寄せがあって、なお、塩浜という平地でありながらあえて緩やかに勾配を設けて、

内部での段差を解消し、かつ道路から、この庇(キャノピー)を見上げたときの

威厳を感じさせる見せ方というか、よく考えられているように思います。

00

正面から向かって左側はアーチのような形状で、プラン的にも角度がふれています。

ホールや会堂のような空間なのか、、、単純なモダニズム建築の窓割りに

あえて変化が(仕上げも変えてあり)つけられているようにも感じられ、

なかなかのものでしゃれています。

旧耐震の建物ということもあり、診断をかけると大変なのでしょうか、

手をかけさえすれば、まだ活用していけそうに感じます。昭和モダンですね。

まだ使われているかも、と書いたのは、ネット検索した際に出てきたのですが、

この建築、実は市の大気基準適用施設となっていて、産業廃棄物焼却炉からの

ダイオキシン等排出濃度データが公開されていました。

みると、他の工場などからの濃度よりも数値がすごく高い…。

少々気になりました。。。

考えてみると、今、ゴミ処理問題が非常にシビアになってきていて、一般でも分別が細分化していますが、事業系ごみも処理に費用がかかったりしています。

では、宗教法人さんから出るゴミ処理(夢もない話ですが)お札やだるまなど、

きっと大量にあるのでしょうけれど、どう処理されているのか、ダイオキシンなどを極力発生させない処理について、前向きに考えていただかなくてはいけないように感じました。

話が外れましたが、

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壊してしまうのは、もったいないですね。

福祉目的などではどうかなとか。。。

建物をゴミにしない理念と、人々の想いや願いをクリーンに焼却するシステムと、

理念は一致するはず、一見ゴースト化しつつあるエリアのこれからの姿に期待したいです。

by S.小野

2011年10月20日 (木)

川崎区の洋館付き住宅

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洋館付き住宅とは、大正から昭和初期にかけてつくられたもので、

それまでの日本家屋の玄関脇などに、応接間として洋間を設けたものをいっていますが、

明確な定義は無いようです。当時の「ハイカラ」モダンの象徴であったのかもしれません。

映画「となりのトトロ」のサツキとメイが越してきたお家などは、お父さんが書斎に使っていた洋間がまさに洋館付き住宅といえますね。

詳しくは、よこはま洋館付き住宅を考える会に紹介されています。

知人の建築士の方も関わられており、実際に移築なども行われてきています。

と、

そんなわけで、我が家周辺を見回しますと、、、

Dscf7270

高いブロック塀に隠れて見逃しそうですが、平屋の古民家の玄関脇に、

急勾配の洋瓦をのせ、台形の出窓、出窓には木製のガラリ雨戸が設置されている、

まさに洋館付き住宅があります。あります。

Dscf7510

また、こちらも見逃しそうですが、よく見ると平屋の母屋に急勾配の屋根の一間がついています。そして2棟並んで建っています。

しかし、こちらは、メンテナンスに安易な更新がともに行われており、屋根は波型鉄板で葺いてあったりと、もしかしたら借家としてつくられているのかなといった印象を受けます。

質素でありながらも、洋館部分の破風板上部に装飾がみられます。

どちらも当時の時代の最先端を感じさせるものだったのではないかと思います。

移築とまでいかなくても、街角に刻まれた文化を感じられるように、必要な修繕・メンテナンス工事をして、長くたたずんでいてほしいと願わずにはいられません。

私だったら、耐震チェックをして、基礎廻りの腐食等の改善をしたら、外回りの改修にいたっては、むしろ昭和の邸宅をより感じられるように手を入れていきないなーなどと勝手ながら妄想してしまいます。塀なども生垣に置き換えてとか。。。ステンドグラスを1箇所入れるだけでグッとモダンになるだろうなとか。。。(笑)

by S.小野

2011年8月31日 (水)

ムードポップス

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「ムードポップス」。

その響きだけで昭和な感じがします。

大きな木製のステレオセットにレコードをまわして聴くイメージです。(笑)

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でもレコード屋さんではなさそうなんです。

せっかくの角地なのに、大きな間口を設けていません。

なにかSONY関連の仕事をされていた事務所なのかもしれません。

角地の部分にが斜めに面がとられ、

その部分を縦格子が1階から2階まで通して設置してあったりと、意匠性もあります。

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樹木は勢いがあって、剪定するなどしないと、建物への影響もありそうです。

木製のサッシとスチールサッシとが混じった開口部です。

しかし、今はひっそり、撤去されるのを静かに待っているように見えます。

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この日は、満月があらわれて、よりムードな感じがした気がしました。

このくらいの建築(意匠的価値、文化的価値云々)でも、当たり前に、

できればいかして活用しよう、というところまで、

文化的に行き着いてほしいものです。

街並みの風景は、ゆっくりとした更新を願っているように思うからです。

by 小野

2010年12月 7日 (火)

昭和30年代の団地 その3

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川崎市営団地で昭和30年前半築の2つ(大島と桜本)を取り上げましたが、

今回は、公団系です。都市整備公団~基盤整備公団、そしてUR都市再生機構。

(順番違っているかも、、、)

駅近の大きな規模の団地は、再開発で次々と姿を消していきましたが、

比較的小さな規模のタイプは、まだなんとか残っています。

砂子団地。

賃貸で、昭和32年入居開始となっていますので、入居から53年を経過しています。

Dscf7198_2

そうは見えませんね。1階に美容室が入っているせいもあるでしょうか。

Dscf7197

でもちょっと増築しちゃったりしてるようですね。

Dscf7200

比較的駅から近く、かつ商店街の一角の顔として、

古さを感じさせずに存在していることに、エールを送りたいと思います。

URは、事業仕分けでも厳しい見解をもたれているようですし、そんな中にあって、

南大沢の欠陥団地の建て替えやら、他の団地でも建て替えや活用検討等が数多くあり、

火の車状態なのかもしれません。

でも公共住宅としての役割は、今後の住宅政策において、

重要な役割があるはず。。。

住宅政策がすべて民間に移ってしまったら、大変なことになります。

襟を正して、庶民のための公共住宅としての役割を果たしていただきたいものです。

by S.小野

2010年11月10日 (水)

昭和30年代の市営住宅 その2

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たまたま、自転車で通りかかったら、建築計画のお知らせ看板が貼ってありました。

先日、ブログで書いた公園の隣です。

川崎市営 桜本住宅です。

Dscf9306a

階段室型4階建てが2棟で64戸。これが建て替えで7階建て87戸になるようです。

現状は、約30㎡の2DKで風呂なし(バランス釜の排気筒が北側にないので)賃貸

とのこと。

ざっと見た感じは、そんなに古さを感じません。アルミサッシを使っていたり、

スチールの手すりも時代を感じさせはしますが、メンテナンス次第では、

建て直しが必要なほどとは見受けられません。

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でも、メータ類が納められているであろう階段下の扉は、木製の框扉で、

なかなかいい感じで当時の様子を残しています。

階段室脇のダストシュートは、この時代の市営住宅のスタンダード。

構造的な問題点がどの程度の評価であったのか分かりかねますが、

現代の諸設備の対応がスムーズに更新していけるようになってさえいれば、

十分改修で延命していけるように思えます。

Dscf9308a_2

福祉車両駐車禁止としているあたり、また駐輪場にとまっている自転車、というか、

買い物カーのようなものの列をみると、高齢化率は高そうです。

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建て替えた後の居住保障がどのように行なわれようとしているのか気になるところです。

実質的な追い出しにならないような居住の継続が行なわれることを願いたいところです。

(手前に見えるのは、木造平屋の集会場です。)

Dscf9310a

滑り台もどこか物悲しさを感じます。また、草も延び放題といった風情です。

樹木は、それほど多くはありません。当初からそうなのでしょう。

2部屋を持つ市営賃貸ですから、この団地で、幼少期を過ごした私と同年代の方々

にとっては、この風景が変わってしまうことは、さみしいでしょうね。

球形の高架水槽も時代を感じさせますね。

今、昭和30年代築の木造住宅の耐震改修を計画中ですが、

鉄筋コンクリートの公共建築の方が早く壊されてしまうことに、

どこか割り切れない、もっとなにかの可能性はなかったのか、、、

と思わざるを得ません。

by S.小野

2010年11月 6日 (土)

公園の遊具

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先日、いつものように自転車で帰宅途中、

ちょっと気になるものが目にとまり、公園で足を止めました。

そういえばこのところ、どこの公園にいっても、同じような遊具ばかりじゃないか?

プラスチック系樹脂でカラフルに彩られた、システム家具のように

既製品を組み合わせたような遊具に変えられてきていますね。

数年前、箱型ブランコの危険性が指摘されたり、

地球儀のように回転する遊具も手入れが行き届かず、

錆び付いて事故だとして、多くの遊具が取り払われ、

変わって登場したのが、樹脂製既製品の遊具。。。

でも、、、なんだかさびしくないかなと。。。

私が子どもの頃も、それほど公園ごとに特色があったかといわれると、

そうでもないかもしれないけれど、でも、「タコ公園」とか「くじら広場」とか、

遊具の特徴で公園を呼んでいたように思います。

今のような統一遊具では、どこもみな同じで、

公園を渡り歩いても面白くないのではないか。

創造性を育む公園遊具のあり方として、もっと手をかけた特徴をもった遊具があってもいいのではないかと思い至るのです。

と、そんな視点で、この遊具を見てみてください。

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操縦席もあります。

プロペラ部分は、大阪万博の太陽の塔の顔を彷彿とさせます。

なんといっても、カッコイイ。

で、このとなりには、

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こんな感じです。

なんか宇宙がテーマ?のようなイメージで、とても存在感があるのです。

スチールはメンテナンスが、と言われるかもしれませんし、

スチールでこういう仕事をしてくれるところが少ないし、

今こんな製作を依頼したらコストが高い、などの声が聞こえてきそうです。

でも、今だからこそ、人が手でつくる仕事を増やすことが大事なんだと思えるのです。

町場の鍛冶屋さんが、誇りを持って楽しみながらつくり上げ、

それを町の人たちが、大切に維持管理していくという図式こそ、

今の時代に最も必要な労働のあり方なのではないかと。

一極生産しているものをあちこちにおいても、町は本当の意味で

豊かにはならないのではないかと、、、。

錆止めをして塗装を定期的にしていけば、100年は持つといってもいいでしょう。

町ぐるみで塗装イベントなどを行なえば、コミュニケーションの場にもなり得ます。

しかし、色つき樹脂の遊具は、破損したら即ゴミです。しかも燃焼の際にガスが出ます。

それに比べ、スチールは再生可能な資源材です。

これこそ環境学習ではないか!

などと書きながら勢いがついてきましたので、今日はこのへんで。

ちなみに、この公園、「ひこうき公園」と地域では呼ばれているそうです。

(写真を撮った日は、雨上がりで人気が無いのが残念でした。)

by S.小野

2010年8月20日 (金)

区内の民家スタイルを考える

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このブログで、すでにいくつかの茅葺きの古民家を紹介してきましたが、

それらは、主に関東大震災以前築の民家なので、

海苔付け場があったり、小船が小屋裏に納められていたり、

海浜に建つことから、風避けのための小道具が仕込まれていたり、屋敷林に工夫が見られたりということがありました。

詳しくは、「川崎の民家」小林昌人著などにあり、調査もされ、それらの抜粋なども紹介してきました。

私としましては、その時代以降、つまり震災後から終戦前後あたりの建築にも興味があります。

専業漁業、農業から、兼業へ、、、もしくは企業、国への労働へと、

その生活スタイルが一変する時代に造られたであろう民家。

高度成長期の地域性皆無なメーカー住宅が台頭してくる前の地域の文化が垣間見られるであろう民家。

空襲被害を逃れ、築60~80年といったこうした民家の行く末が心配でもあり、また当時の地元地域の大工の仕事、つまりは、その時代に求められた住まいのスタンダードを知ることができると思うのです。

地図を片手に歩く(自転車で)とまだまだ相当数存在しています。

特に、塩浜や中瀬などには維持管理もしっかり行き届いた、この時代の民家が多く残っているように感じました。

その典型ともいえそうな、いくつかを紹介してみたいと思います。

(個人の方のお住まいですので、写真データは容量を落としています。)

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基本は平屋建て。階高をやや高くとった大屋根は、寄棟か入母屋になっています。

入母屋造りの方が、その規模からも格式が高いように見えます。

大屋根の軒の出は、あまり深くはありません。瓦屋根の重量の関係と、浜風のあおりを考えてのことではないかと思われます。

玄関を1坪あるいは1.5坪、庭側(その多くが南向き)へ飛び出すように張り、入母屋屋根としています。この部分に反りを加えているのも、より格式の高さを表現しているように思います。

その西側に連続するように縁側が配され、下屋で出されています。

ここは、緩勾配で板金葺きとしてあり、軒を深く出しています。

玄関周りは漆喰仕上げ等の左官で仕上られており、全体は、杉下見板張りが基本的なつくりのようです。

Dscf7289_2

それ以前は、玄関は、土間空間を広く確保した農・漁、下ごしらえ空間を兼用したようなオープンな中間領域的空間であったと思います。

しかし、これらのお住まいの玄関は、家の顔(あるじ)としての威厳を見せつつ、外部とのコミュニティは、プライベート空間を奥に配する縁側空間にその役割を大きく移しているように感じます。

マンガ「サザエさん」の住まいのプランに似たスタイルとも言えそうです。

長谷川町子原作の「サザエさん」は、新聞連載開始が昭和21年。戦後まもなくのことです。

この家族の構成や暮らしのスタイルは、当時にしてみれば、新しい家族像、生活スタイルを模索したものとも受け取れます。

今でこそ、なつかしの暮らしという印象を与えますが、きっと、街に暮らす方にとっては、一般的な暮らし、理想的な暮らしの模範のように受け止められていたのかもしれませんね。

そんな暮らしが、この時代の住まいから垣間見れるのがうれしいですね。

Photo

スケッチのお住まいは、私が、川崎まで自転車で行く時、いつも通る道にあります。

上記の写真に紹介したお住まいに比べるととてもコンパクトです。

ところが、もう1年以上くらい雨戸が開けられている様子が見られません。。。

外壁も塗装されていたりと、比較的手入れは行き届いているようでもあるので、なんだかとっても気になります。。。

南東角地にあって、ロケーションも良いので、空き家になっているくらいなら、

事務所に使わせていただけないかな、などとここを通るたび考えています。

もしその場合には、ブロック塀を生垣にしてアプローチにはスロープを設けて、縁側で交流イベントをしたり…などなど、

ついつい妄想がひろがってしまいます。(笑)

駐車場になってしまったり、メーカー住宅などに建て替えられたりしているのを見るのはとってもさみしい思いにかられてしまいます。

まだまだ住めます。しっかり手を入れて永く活用していってほしいものです。

これだけ、エコが大切だといわれているのですから。。。

by S.小野

2010年7月28日 (水)

酒屋さんのある風景

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お酒類も近年その種別から、小売までもが規制緩和の流れの中で大きく変化してきたといえると思います。

以前は、お酒を売るお店はそのエリアに規制がありましたが、今や、近くのスーパー、コンビニ、ドラッグストアーなどでも売られています。安売りを謳うリカーショップなどもありますね。

そうなってきますと、古くから商売をしてきた酒屋さんは大変です。。。

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そんな中、妻入り古民家の趣きの酒屋さんを見つけました。

隣町なのに、最近までその存在に気がつきませんでした。

この湾曲している全面道路も微妙に勾配があるように感じられ、かつこの建物も微妙に道路と平行ではなく角度がついて配置されているので、パースペクティブ効果で、より立派に見えます。

もしかしたら、かつての観音川へつながる水路だったのかな?

それとも、海岸から川崎大師への古道の名残か、、、

この道に沿って、古民家がいくつか残っていました。

古地図などをチェックしながら改めて観察してみたくなりました。(笑)

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店舗内も広くとても整理されていました。

2階も道路側が南面なこともあり、開放的な窓の構成をしています。

手すり壁を兼ねたような看板建築となっていますが、縁側を想像させます。

非常によく維持されていて、頼もしい存在感です。

南面の壁が少ないように感じられますが、柱梁、差し鴨居等の構成で耐力がどのくらいあるのか、改修の際などにきちんと調査し改善していけたら…

などと勝手ながら思ってしまいました。

いつまでも残っていてほしい原風景ですね。

お店の一角を立ち飲みではなく、座り呑み(笑)ができるコーナーがあったらいいなー、つまみもあるし、、、コミュニティスペースとして、地域の居場所というか、、、

などなど、これまた勝手ながら思ってしまいました。

酒飲みの発想ですね。(笑)

by S.小野