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 まちなみ採取(川崎区以外編)

2017年2月15日 (水)

震災復興小学校をちらっと寄り道…。

中央区日本橋の外れで住宅改修工事をしているさなか…、
周辺を歩くと関東大震災の歴史や戦災の傷跡などに触れる街角に出会います。

震災復興小学校もそうしたうちの1つと言えます。
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中央区立旧十思小学校の今の姿です。
鉄筋コンクリート造による耐火帯建築(中庭型で耐火の壁として延焼を防ぐ形)です。
円柱、縦長のアーチ窓、アプローチに張り出した庇のデザインなど、とってもモダンなつくりです。
残念ながら学校の機能から、今はデイサービス等で活用されています。
それでも歴史の生き証人として存在している姿にまちの歴史を受け継ごうとするパワーを感じます。
 
 
山谷の路上生活者支援施設のお仕事で、打ち合わせに行くときに、
ちょっと距離はあるものの、いつも鶯谷駅から、根岸、入谷、千束と25分くらい歩いています。
このあたりも、長屋住宅や看板建築等、歴史が感じられる街角に出会えるので、なかなか楽しいエリアです。
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台東区立旧坂本小学校の今の姿です。
教育委員会が活用されているのか…、使われている様子でした。
こちらもとってもモダンな校舎です。
まちのシンボルとして、活用し続けていってほしいなと思います。
子どもの減少ということから生じる一つの姿なのかもしれないのですが、
一方で、未だに大規模開発で一時的に人口集中していて増築を繰り返している学校もあるようです…。
まちの歴史の中において、暮らしの更新スピードが今後見直されていくならば、
もしかしたら、学校機能として歴史ある空間で再利用する時が来ることだってありうるはず…歴史の重みを感じられるまちとしての存続が今の人たちに託されていると感じます。
耐震技術や補強方法は編み出されてきていて、ほぼ不可能ではないことはわかってきています。
東京のこれからの街並みに何を残し、まちの空気をつくりだせるか、じっくり時間をかけてほしい気がします。
川崎・横浜市などは既に、こうした復興小学校はすべて建て替わってしまい、当時の姿は残っていません…。

2016年1月27日 (水)

武蔵新田近くの同潤会千鳥住宅の痕跡さがし散歩

先週、現場検査後に、ちょっと寄り道をして散歩してきました。
関東大震災後復興に取り組んだ同潤会が、昭和初期まで慶応大学のグラウンドがあり、移転した後のこの地に、昭和13~14年、107戸の職工向け分譲住宅として開発したエリアがあります。

Photo

職工向けは、住宅規模としては20坪に満たない比較的小さな規模で、同潤会としては後期にあたる住宅建設です。(川崎ですと大島4丁目のバス通りの多摩川寄りのエリアと同様です。)
川崎の同開発エリアは痕跡は見受けられませんでしたが、こちらはどうかな~と散策してきました。
まずは導入部となる環八通り付近。
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ここはそのエリアではないと思いますが、看板建築のようなファサードで戦前建築を思わせます。
トタンで覆うというのも、ペストなどの感染病対策に有用とされ、多用されていたもので、時代を感じさせます。
では、いよいよ同潤会千鳥住宅地へ。
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小さな宅地が整然と区画割されている中、緑地帯を持った変則街区もありました。
ほとんどが2つか3つの区画を一緒にした形で建て替えられています。
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北側高さ制限が厳しく、1階を少し地中に沈めて建て替えているものも多くありました。
そんな中、表から見るとわかりにくいですが、
奥を良く見ると、杉の下見板張り縦桟押え、木製建具が仕込まれた外壁がちらほらと。。。
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屋根瓦、軒木部表し、妻壁漆喰、外壁杉下見板…。
おそらく当時の痕跡ではないかと思いました。
空襲を逃れ、こうして大切に手を加えながら住まわれている様子をみると、
なぜか、うれしさがこみあげてきます。
あまりスポットが当たらない同潤会の戸建開発地の今。
痕跡さがしの散策はやめられませんね。
S.Ono

2012年9月11日 (火)

まち歩き企画です。

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“財団法人同潤会が横浜に残した

関東大震災・復興普通住宅群を歩こう”

というタイトルそのまんまのまち歩き企画を行います。

Photo

一般の住宅地を歩きますので、少人数でのまち歩きと考えています。

専門学校の公開講座で紹介したら、ぜひ歩いてみたいとの話があり、

企画しました。

現在、復興住宅提案があちこちで求められていますが、

かつて同潤会は何を考え復興住宅づくりに取り組んだのかを資料と共に肌で感じてみませんか。いろんなヒントが見つかるかもしれません。

まち歩き後に、復興住宅提案コンペティションへの参加について、

グループをつくって提案ができないか、相談したいなと考えています。

興味のある方、連絡くださいませ。

by S.小野

2012年5月 4日 (金)

さりげなく イセビル

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関内から伊勢佐木町モールへの入り口右角に、

つい通り過ぎてしまいそうですが、古い建築があります。

伊勢佐木町モールエリアでは、アントニオ・レーモンドの不二家ビル(昭和12年築)が、

メジャーですね。やはり関東大震災による復興を目指し再建したもの。

レーモンドの仕事としては、商業施設は貴重とのことで、あちらこちらで紹介されています。

ガラスブロックの外壁は、近代的でもあり、質素なグリッドは日本的な感じもします。

今日はそこではなく、入り口の建築「イセビル」です。

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関東大震災後、都市の不燃化・耐震化が重要とされ、耐火建築補助規則の制度を活用すべく、

東京・横浜で(大正15年)立ち上がった民間会社が、復興建築助成株式会社。

これに尽力された、佐野利器(辰野金吾の教え子)は、構造の専門家で、

東京の鉄筋コンクリート造の復興小学校などにも多く関わっていますね。

同潤会とほぼ同じ時期の動きといえると思います。

その復興建築助成会社が関わった復興建築の一つが「イセビル」です。

同社による建築で今なお現存するものとしては、「九段下ビル」が唯一ではないかと思います。

復興の特徴としては、不燃・耐火建築であることはもちろんのことですが、

もう一つ大きな特徴は、複数の建築主による「共同化」です。

複数の地権者、複数の借地人等をまとめて共同化していった手法は、

その後の区分所有法の成立にも大きな影響があったのではないかと思われます。

(今の状況は不知ですが。)

まあそんな時代背景の中、昭和3年竣工してまして、今なお現役です。

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戦前・戦後のセレブたちがビアホールを千鳥足で行き来したのでしょう。

もちろんエレベーターはありません。

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ルビセイではありませんよ。「イセビル」です。(笑)

縦に伸びるアーチと柱、低層部と上層部とでそのリズムを変化させています。

さりげなく、84歳現役復興建築が伊勢佐木モールの玄関口で今なお利用されている。

これが横浜の魅力でもありますね。

by S.小野

2012年1月 7日 (土)

同潤会戸建て 横浜・大岡住宅周辺を歩く

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関東大震災の復興事業の一環として発足した同潤会は、

広域分布する罹災者への対応を画策し、

横浜市内に4つの賃貸普通住宅を計画しています。

そのうちの一つである大岡住宅のあった場所を歩いてきました。

というか、

割と近くで木造のお住まいの耐震改修リフォームのお手伝いをしていることもあり、

ちょっと寄り道してきたといったようなものですが…。

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このクランクした道の向こうが対象エリアです。

バス停に「大岡住宅」の名が残っています。

奥へ道が延びていますが、縁石が立ち上がっており、ガードもあって

車は進入禁止、大きな桜の木もあり、接道の扱いがどうなっているのか、

古い街路となっていることがわかります。

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対象エリアの中心部です。

最近舗装されたのかなと思われる黒々したアスファルト。

宅地と道との境界も分かりにくい感じ、、、通過交通が制限されていて、

(行き止まり路地などもあり)

樹木も残され、生活空間は守られているように感じました。

外部からの進入口は小さく、中心に向かって広がっていくような構成です。

Dscf4501 この奥が対象エリアです。

右に見える切妻屋根で長屋のようにつながっている2階屋は、もしや…、

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このスタイル…

同潤会による建設当初からの建築ではないかなと思われます。

大正14年、124戸のうちの数個でも残っているのは奇跡かもしれないなと思いました。

ブロック塀はちょっと残念な印象ですが、下屋と2階の乗せ方については、

住棟間の日照等を考慮しているようにも感じました。

横浜市内ではその後、

昭和2年に山下町と平沼町にアパートメントハウスをつくりましたが、

現存していません。

現存する同潤会アパートメントハウスは、上野下アパートたった一つになってしまいました。

その上野下アパートも建て替えが検討されているとのことなので、

当初からのアパートメントの存続は、風前の灯といった状況といえるでしょう。

そんな中、震災復興の理念を持って計画されてきた

同潤会の戸建て、もしくは賃貸普通住宅たちの今に、

もっとスポットが当たっても良いように思います。

この大岡住宅エリアもそのほとんどは、残像も無く、

建売住宅として建築中の現場もありました。そうして歴史が風化してしまうのでしょう。

実はこの大岡住宅は、ロケーションにミソがあるように感じました。

旧鎌倉街道から1本入ったところで、西に河川、東に大きな丘、

横浜港湾地域から比較的近く、南太田が震災後そうであったような、

貧困化などの問題も抱えていたのではないかなと…、

隣接した場所には、古くからの商屋さんなどの残存があり、

そうした地域の方々の協力があってのドラマがあったのではないかな…

などまったくの空想ですが、そんなことを考えながら歩いてきました。

最後に隣接したところに残る、洋館付き住宅などの写真をのせてみます。

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他の横浜・川崎の同潤会の戸建て、賃貸普通住宅のあった地域も

残像探しに歩いてみたくなりました。

南太田、滝頭、井土ヶ谷、新山下など、、、。

川崎の大島の勤人向け分譲については、こちらでコメントしてみましたので観てみて下さい。

by S.小野

2011年9月 5日 (月)

戦前の木造3階アパート

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鶯谷駅近くのアパートです。

山谷地域のNPO自立支援センターの施設整備のお手伝いをしてきた関係から、

その周辺での採取です。

以前から、前を通るたび気になっていましたが、ちょっと写真に残してみました。

鶯谷アパートです。

外壁まわりは数年前に改修が行なわれていました。

ということは、まだしばらくは現役でがんばってくれるのでしょう。

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右から読む館銘版がその古さを物語ります。

白く塗られてしまいましたが、元はアースカラーのスクラッチタイルです。

フランク・ロイド・ライトの帝国ホテル以降、昭和初期くらいまで流行った外装タイルです。

「粋の下町 東京根岸」(草思社)によると、昭和7年、震災後東京で初めての木造3階建てのアパートとあります。

3階部分はセットバックしていてマンサード屋根のような部分に窓が設けられています。

アプローチの床タイルも遊び感覚が見られます。

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木製建具も雰囲気があってよいです。

1、2階はオフィス関係?の方が多そうで、3階は窓割りからすると、今でいうワンルームではないかと思われます。

正直いうと、外観は、改装されていることもあり、ボリュームも敷地めいっぱい、、、

高密度な印象で殺伐とした印象なので、見過ごしてしまいそうな佇まいではあります。。。

実はこの近くに、今はマンションになってしまいましたが、やはり関東震災後の復興建築とおぼしき、スクラッチタイル意匠的にもなかなか洒落た3階の複合ビルがありました。

写真を撮ったはずなのですがどこかに紛れてしまってすぐに出てこなかった、、、。

またの機会に、探して紹介できたらと思います。

入谷周辺は、空襲被害が比較的に少なかったのか、戦前の長屋なども残っていますね。

そんな風景も急速に変わってきていますが。

人手間、ひと手間が、

建築に息を吹き込んでくれていることを、小さな意匠から感じることが出来ますね。

by 小野

2011年8月29日 (月)

機械式駐車場の運命

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屋外の機械式駐車場は、特にバブル以降、

開発が中断された空き地や首都圏のマンションなどに多く設置されてきました。

建築基準上も当初は、工作物として比較的ゆるい基準で設置できたこともあったと思います。(その後、面積等縛りが出てきましたが。)

また、首都圏のマンションなどでは、建設当初は住戸数100%確保を売りにしたり、

狭い条件であっても自治体による設置義務条例などにより設置されてきた経緯があります。

しかし近年、機械式駐車場を撤去するなどの動きも出始めてきているようです。

例えばマンションなどでは、

居住者の自家用車所有率の減少(高齢化も手伝っているのか)、

管理組合による維持管理コストの削減などがその理由のようです。

将来的見通しでも、人口の減少が進めば、駐車場の空白も容易に想像できます。

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都内某所です。

これは、マンション専用ではなく、一般月極駐車場ですが、すでにほとんどが空いています。

というより、ほとんどメンテナンス出来ておらず、錆びついていて、

ちょっと停めるには勇気がいる感じです。

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錆び朽ちた鉄材が転がっていたりしています。

亜鉛メッキのどぶ付け塗装も過信は出来ませんね。

いつごろ築かは分かりませんが、この手のものはメンテナンスを怠っては、

20年あたりがひとつのボーダーラインかなという感じがします。

メンテナンスといっても、鉄骨露出ですから、機械の保守以外に錆落とし、塗装など

費用も相当なものになろうかと思います。

建物の中に内包するタイプと比べると、短命でコスト高で、

これからさらに撤去されていくことになるのでしょう。

(放置しておかれる方が危険でこわいですね。)

打ち合わせの帰りに歩いていて、あまりにインパクトがあり、写真におさめた次第です。

by 小野

2011年7月 6日 (水)

たまには都内の団地をぶらり

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原宿駅から、神宮前を抜けたあたりにひっそりと残る。

東京オリンピック以前、昭和30年代。。。

現存する都営住宅の中では、

今や最も古い年代のうちの1つと思われます。。。都営霧が丘アパート。。。

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給水塔は、古さの中にもどこか都会的なモダンな印象です。

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訪れたのは夕方の時間帯でしたが、子どもの姿は見られませんでした。。。

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階段室型のシンプルなスタイル。手すりがアルミ製に更新されていました。

棟によっては、南側(バルコニー側)に、エキスパンションで居室や浴室などを増築されたところもあります。つまりは、もうしばらくがんばってもらおうとの意思表示が見られます。

ここの良いところは、(というか私の好みは)お店が入っている道路寄りの棟。

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“マーケツ”もいい感じですが、シートが張られていたであろうアーチ型が連続した庇。

その下のきりよけ庇のくたびれ具合もいい感じです。

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郵便ポストもあります。

自販機も100円でがんばっているようです。

看板にあるお店のいくつかは閉じられている様子でしたが、何件かは営業されています。

というかきっと営業していただかなくては困る方がいらっしゃるのだろうと思います。

ベンチなどは、その必需ツールなのでしょう。

ささやかながらプランターも手入れされています。

幹線道路沿いの原宿住宅は、取り壊されて、高層住宅に建替える工事が始まりましたが、

こうして、一本入って坂を上ると、夕焼けがきれいな昭和のたたずまいが残る、、、

これが良いのですよね。

3.11以降もこうしてしっかり残っているのですから、早急な建替えなどに飲み込まれなければいいなと感じます。

とても好きな雰囲気が残る街角です。

by 小野

2011年4月 4日 (月)

食住植物 ふたたび?

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今、増築リフォームで通っている現場までの道のりに、

この世の終わりを思わせるような、

迫力の食住植物シリーズ 第二弾的風景に出くわします。

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地面からじわじわと生気を吸い取られるように延びる枝糸、、、

しかし、もうすでに吸収するものがないくらいに乾いてしまった感じか、

いや、なにかの危険要因による死の町の未来予想絵巻か、、、。

今、原子力発電所の放射能漏れ問題が連日報道されていますが、

予想を超える自然災害はいつでも起こりうるという事実を目の当たりにしている今、

人々の営みと技術開発と危機管理能力(ヒューマンエラー)のバランスは

非常に大事なことなのだろうと思います。

なにが人の営みにとって最も大切なことなのか?ということの再考ですね。

やっぱり“スモールイズビューティフル”概念が必要(しつこいですが)

と思ってしまいます。

S.小野

2010年8月22日 (日)

食住植物!出現か?

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虫を食べて成長する植物を食虫植物といいますが、住宅を飲み込もうという勢いで、

まさに食住植物か、とでもいった感じでカメラに収めました。

かなりの迫力です。

違う方向から見ると、

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こんな感じです。

でも、自転車がとまっていたり、洗濯も干してあったようでした。。。

時間の問題でしょうね。ここまで放置してしまっては、、、。

新種の追い出し手法でしょうか?

アジサイが咲いています。撮影は6月下旬ころでした。

2世帯住宅づくりを土地探しからということで、相談にのっていたのですが、その打合せに向かう道筋の都内某所です。

土地探しからは、ハードルがいくつかあります。

そのなかでも大きなハードルは、「建築条件付き」というセットもので販売される土地です。

不動産屋さんは、土地売買の仲介では、土地はそもそも地価が公開されている事もあって、それだけでは、手間分程度にしかなりませんが、建築までをセットで契約させることで、その工事費の部分でうまく利益を生み出そうとされるわけです。

また工務店さんにとっても、仕事が無いなどと職人さんを遊ばせているよりは、多少厳しい請負工事であっても、その後の仕事に結びついていけば、、、といった想いで、やりくりしていこうとする。。。

しかしながら、問題は、設計と監理です。その流れの中で登場する建築士などが、どこまで住み手の立場に立って、設計を一緒に考えてくれるか、、、また現場を住み手の立場でチェックしてくれるか、、、。

この「建築条件付き」が付いていない状態で土地だけを売ってくれるケースの少ないこと、、、。

このあたりも、もっと購入者・建築主となる住み手の希望が、より安心できる仕組みでつないでいけるやり方を生み出していかなくては、代願建築士を撲滅していくことはできないように思いますね。。。

かくして、相談は一定の終了をみました。。。